独立行政法人 労働者健康安全機構広島産業保健
総合支援センター


センター通信

産業保健相談員レター 2023年9月 ~職場の転倒防止のために高年齢労働者に求められること~

2023.09.01

産業保健相談員(運動指導担当) 仁田 靖彦

 わが国で進行する少子高齢化は様々なところで年々深刻な社会問題となっています。労働現場においても急速に高齢化しており、それと比例するように転倒災害が増加しています。厚生労働省の「令和4年高年齢労働者の労働災害状況」の資料によると、60歳以上の高年齢労働者の転倒発生率は、20歳代の平均と比較すると、男性で約3倍、女性では約15倍であり、高年齢になるほど転倒による労働災害発生率が上昇し、特に高年齢女性労働者ほどリスクが高いことが報告されています。転倒災害の休業期間は約6割が1か月以上であり、発生してしまうと被災労働者個人はもちろん職場全体への影響は非常に大きなものになることが考えられます。このような状況のもと、今年の4月からスタートした「第14次労働災害防止計画」では、新たに「転倒による労働災害」への対策が加えられ、職場が取り組むべき重点課題として取り扱われています。
 
 転倒災害は単独の原因で発生するものではなく、労働者個人の運動機能や身体強度等、床面や照明等の職場環境、整理整頓や規則違反等の管理等、様々な要因が絡んで発生しやすくなります。したがって職場の転倒予防対策は多岐にわたりますが、大きく「事業所が取り組む安全衛生対策」と「労働者が取り組む個人対策」の2つに分けて、両輪で対策を実施する必要があります。事業所対策については別稿に譲り、本稿では「労働者が取り組む個人対策」に焦点を絞って解説したいと思います。
 
 人間は加齢とともに、俊敏性や筋力、柔軟性といった運動機能、バランス機能や視覚といった感覚・認知機能が総合的に低下するため転倒しやすい状況になると言えます。実際の高齢労働者の転倒場面に当てはめて考えてみると、そもそも「つまずく」などちょっとしたことでバランスを崩しやすく(バランス能力低下)、バランスを崩したことに対する感覚的な反応が若い時に比べ遅れる傾向があります(感覚・認知機能の低下)。バランスを崩したことを認知した直後に身体全体で踏ん張る力が弱く(筋力低下)、さらに手や足を1歩出すなどの反応が遅れるため(俊敏性の低下)転倒しやすくなるの
です。また、身体の柔軟性低下のため転倒直前に十分な回避行動がとれないため、骨折などの事故につながりやすいのです。高齢労働者が取り組む個人対策として身体機能の強化や、体力・健康維持に努めることは必要ですが、まずは客観的に自分の身体機能を把握する事が求められます。一般に人間の運動機能のうち老化により最も低下するのはバランス能力と言われています。今回、バラン能力を簡易的に測定する方法をご紹介しますのでご自身でチェックしてみてください。測定は「片足立ち測定」で、方法は、(1)壁から50㎝程度離れた場所に素足で立ちます。(2)両手を腰に当てます。(3)両目を開いたまま左右どちらかの足を5㎝程度上げます。開眼で60秒立ち続けられるかどうかを目安にします。30秒立ち続けられない場合はバランス能力がかなり低下していると考えられます。開眼で問題なければ、次は両目を閉じて同様の測定を実施してみてください。閉眼の場合は30秒立ち続けられるかを目安にします。
 
 転倒災害を防止するための労働者が取り組む第一歩は、自分の身体機能を客観的に把握し転倒のしやすさに気づくことです。自らの健康を守るための取り組みが事業所全体の健康づくりにつながります。皆で健康で安全な職場を実現しましょう。