独立行政法人 労働者健康安全機構広島産業保健
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センター通信

産業保健相談員レター 2024年6月 ~ 外傷体験によるこころの変化とその対応 ~

2024.06.10

 産業保健相談員(メンタルヘルス担当) 北野 智子

 令和6年度もスタートして早2ヶ月が過ぎ、第一四半期を迎えようとしていますが、令和6年元旦に遡ると、石川県の能登半島でマグニチュード7.6、最大震度7の地震が発生しました。被害は奥能登地域を中心に甚大で、復興へは道半ばといった状況が、現在も続いています。
 今回は、この地震のように、人が予期せぬ衝撃的な事象(事故、災害、身近な人の突然死、ハラスメント等)に遭遇する(外傷体験)と、こころにどのような変化が生じるのか、そして、それを癒すためにできることは何かをお伝えしようと思います。

(1) 外傷体験によって、こころにどのような変化が生じるのか

 人は、新しい環境におかれる度に、2つの機能を使って適応していくと言われています。その1つが同化で、新しい環境に今まで学んだことを取り込む機能です。もう一つが調節で、新しい環境で学んだことに合わせる機能です。通常であれば、この2つの機能を上手く用いて新たな状況に順応していくのですが、外傷体験後にこれらの機能が働くと、自分を苦しめる考えが出てくることがあります。
 例えば、予期せぬ事故に遭遇した時に同化が働くと、「これまで、事故に遭遇するなんて絶対になかった」ということを厳守して外傷体験を捉え、「事故に遭遇するなんて絶対にないのだから、それを回避できなかったのは自分に何か落ち度があったからだ」と考え、自責の感情に苦しめられるようになります。
 一方、調節が働くと、外傷体験に過度に合わせ、「事故に遭遇するなんて絶対にないというのは間違いで、世の中は事故に遭遇する危険でいっぱいだ」と考えるようになり、恐怖や不安に常に襲われるようになります。

(2)こころを癒すためにできることは何か

 (1)でお伝えしたこころの変化は、誰にでも起こり得る可能性があるので、外傷体験後には、周囲で出来る限りのサポートをし、自分を苦しめる自責や不安・恐怖から解放されることが重要です。
 そのためには、安全な環境と人間関係を提供し、必要に応じて一時的に医療の力を借りるといったことが有用でしょう。
 具体的には、当事者に対して、災害で倒壊した家屋からは速やかに避難できるようにする、ハラスメントの加害者とは顔を合わせないように別職場での勤務を配慮する、といった物理的に安全な環境を、個々の事案に応じて提供できるようにしましょう。
 また、自責や不安・恐怖といった反応は、自分がおかしくなってしまったのではなく、こころに外傷を負った多くの人が経験するということを当事者に伝え、当事者が「私だけではない」と安心できる環境も提供しましょう。
 更に、当事者を支援する人々などにもこれを伝えることで、支援者が当事者の思いをより深く理解し寄り添えるようになり、信頼できる安全な人間関係の構築に役立つでしょう。そして、個々の状態に応じて医療の力を借りる場合もありながら、こころが癒されていくと、結果的に自分自身をバランスよくコントロールできる力が蘇ってくるでしょう。